「土方さん」
「あ?」

部屋で溜まっていた事務仕事をしていると、ノックもせずに沖田が入ってきた。
目の上にいつものアイマスクが乗っているということは、
こいつはまた仕事をサボって寝ていたという証拠。

「てめ、また寝てやがったな。仕事しろっつんだ」
「そんなことより土方さん、」
「おいおいそんなことってどんなことより大事だろがよ」
「今日花火大会があるって知ってましたかィ?」
「花火?」
土方のもっともな突っ込みも華麗にスルーして強引に話を続ける沖田の口から出てきた言葉は、この季節にぴったりな、でも仕事漬けの日々を送っている土方には無縁のモノだった。
そういえばもう長いこと花火なんてゆっくり見ていない。

「今夜8時半から上がるらしいですぜ」
「そーかよ。んでそれがどうしたってんだ」
「観に行きましょうや」
「そんな時間がどこにあるんだ。つーかてめーいい加減仕事しろ」
「つまんねェお人ですねィ。近藤さんはバリバリ超ノリ気で行く気満々でしたぜ」
「………」
そういう人だあの人は…。
はぁ、と思わずため息をつけば、沖田がさらに続ける。
「局長が行くって言ってるんですぜ、今夜はひとつ祭りで無礼講に」
「常に無礼講だろーがてめーは」
しかし近藤さんが行きたいと言ってるのを無碍にはできない。
土方は結局、近藤には甘いのだ。
ただ、真選組の局長が人の集まる花火大会へ行くとなれば、腕のたつものを護衛につけるべきだろう。
本当なら自分が一緒に行ければいいが、机を見れば書類の山。
少しでも片づけないとこの部屋がそのうち紙の山で埋まる。

少しの間考えて、土方は沖田に提案した。

「判った。近藤さんが行くってんなら仕方ねぇ。おめーが一緒に行ってやれ」
「いいんですかィ?」 「しょーがねーだろ。俺は仕事があんだよ。つかここにある半分はてめーの仕事だ」
「え〜。多串くんも一緒に行こうよ」
「・・・・・・・は?」

今のは明らかに沖田の声ではない。
自分のことを多串などと呼ぶのは一人しかいない。
土方が沖田の後ろ、部屋の入り口付近を睨むと、坂田銀時がひょっこりと顔を出した。

「っ!?なんっでてめーがここにいるんだ!おい総悟!」
「寝てたら旦那が来て花火大会のこと教えてくれたんでさあ」
「そーそー。お礼に屯所ん中入っていいって言うからさ、来ちゃったワケよ」
「ワケよ、じゃねぇ!」

頭痛がしてきた。

「ね〜多串くん行こうよ、綺麗だよー花火!」
「うるせぇ俺は忙しいんだよ花火なんて見てられるか!行きてぇなら勝手に行け」
「冷たいなぁ。せっかくお誘いにきたのに」
「そうですぜ土方さん、ツンデレもツンが多すぎると可愛げがないですぜ」
「誰がツンデレだ!!!!!!」

怒鳴ると疲れますぜ、とかなんとか言いながら沖田はそこで部屋を出ていってしまった。
おそらく花火大会までもう一眠りする気なのだろう。
仕事をしろと一言言ってやりたかったが、それよりも先に今自分の目の前にいる、
この死んだ目の男をどう対処するかのほうが先だ。
「ねー行こうよ、今年はもうあとこれだけなんだぜー?」
「だからっ俺は仕事が忙しいんだよ!」
万年暇屋のてめーとは違うんだ、と言ってやれば銀時がしゅん、と項垂れた。
犬の耳と尻尾でも見えそうなその態度に、土方は少し戸惑ってしまう。

「あ……だから、ずっとは見れねぇ、つーか……」
「……」
「〜〜〜〜ったく…わーったよ!15分!15分だけなら見てやる!!それ以上は無理だ!」
「マジでっ!?」

さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったのか、ぱっと顔を輝かせて今にも飛びつかん勢いの銀時に、土方は内心やられた、と舌打ちした。
…でも、まぁ。
花火を見るなんて本当に久しぶりだし、たまにはいいか、と思ったのも事実だから。

「そのかわりてめーが迎えに来い。どこでやるのか聞いてねぇからな」
「えーっ銀さんこのまま大会までここにいたいんですけどォ!」
「てめーは鳥頭か!仕事が溜まってるっつってんだろが!!夜にまた出直してきやがれ天パ!!」
「へーへー…っつか天パは関係ないよね?」

しまった。
最後に余計なひと言を付け足してしまったせいで、それからさらに30分強、 銀時の相手をする羽目になってしまった。
土方がようやく仕事に戻れた頃には、最初に沖田が部屋を訪れてから1時間も経っていた。



* * *




「…すごい人だな」
「そりゃー今年最後の花火大会ですから」

念のため、真選組でも少しこちらに見回りを増やしておいて正解だった。
これだけ混雑していたら犯罪がいつ起きてもおかしくない。
テロや殺人のような物騒な犯罪も厄介だが、一般市民同士の暴動も同じくらい厄介なのだ。収集がつかなくて。

「こっちこっち」
「?おい、そっちへ行っちまったら遠くなるんじゃねーのか」
「いーのいーの、銀さんにまっかせなさーい」
大人しく銀時についていくと、川べりから少し離れたところに一本の木があり、
その周辺は先ほどまでいた場所よりも人がまばらだった。
銀時は木の前で立ち止まると、空を見上げた。

「ほら」

銀時が指差す方向に従って土方が目を向けると、ちょうど花火一発目が上がったところだった。
ドーン、と大きな音ともに大輪の花が黒い空に咲く。
儚くすぐに消えたそれは、それでも感傷に浸る間もなく続いて上がる花達に上塗りされていく。

「よく見えるだろ?」
「あぁ…」

昼間はうだるような暑さでも、さすがに8月も終わりとなると夜は涼しい風が吹くようになった。
こうやって立っていても不快な汗は出てこない。
見晴らしがよく遮るものもなく、気持ちの良い風に吹かれながら黙って花火を見ていたら、ふいに銀時が「綺麗だなぁ」と呟いた。
返事をする代わりになんとはなしに隣を見ると、銀時の横顔が花火の明かりに照らされていた。

(っ………)

土方は思わず息を呑んだ。
銀時の少しクセのある銀髪が、花火の明かりを受けてまるで虹色のようで。
的確な言葉が見当たらない、表現し難い色彩。
銀色のようで水色のようで、赤を反射してピンク色っぽくて、鮮やかな緑の反射で青磁色みたいで。
風でふわふわとなびいているそれは、―陳腐な言葉になってしまうけれど―綺麗だった。

目が離せない土方には気付かず、銀時の目線は上に固定されたまま、口角は緩く上がっている。
穏やかな表情。

「…うん?どしたの?」
「え?…ぁ」

どうやら自分は無意識のうちに銀時の髪に手を伸ばしていたらしい。
銀時が土方を振り返って見つめてくる。
自分の恥ずかしすぎる行動に顔から火が出そうになって、土方は慌てて手を離した。

「ごっ…ゴミが付いてたんだよ!」
「ゴミ?」
首を傾げる銀時を直視出来なくて思わずそっぽを向いてしまう。
おそらく今の自分は耳まで赤くなっているに違いない。
花火はまだ上がっていて、銀時の髪も虹色に染まったままだ。
横を向いても目の端に写り込んでくるその綺麗な髪に、益々落ち着かなくなってくる。

「…もしかして〜、俺に見惚れちゃってた、とか?」
「ばっ……!馬鹿かてめーは!!誰がてめーなんかに見惚れるかよ!!」
「えー?でも顔、真っ赤だけど」
「なっ…」

自覚していてもつい反論しかけて振り向けば、
いつのまにか距離を詰めていた銀時と超至近距離で目が合う。
「ほらやっぱり真っ赤」
「う、うるせ………っんっ!?んんー……んぅっ……」

そのまま強引に口を銀時の口で塞がれた。
無遠慮に入ってくる舌に口内をかき回され、出したくもない声が出てしまう。
歯列をなぞられ、舌を絡ませられて、上唇をそろりと舐め上げられて力が抜ける。
呼吸まで吸い取られるようなキスに、思考が鈍ってくる。

「んっ……ぅ……っん……ふ………ぁ」

ちゅ、と音を立てられて解放された唇からは、花火の光で光る透明な糸が銀時の唇まで続いている。
すぐに切れてなくなるものだけれど、土方の羞恥と情欲を煽るには十分だった。
まだ息が整わないままぼんやりと銀時を見ると、相手の目もまた欲に覆われていた。
銀時が、耳元で囁く。

「花火より土方クンのがキレー」
「ば」
か、と続ける間もなくまた塞がれる口。
繰り返されるキスに、今夜はもう書類整理の続きは出来ねぇな、
と土方は頭の片隅でぼんやりと思った。




SILVER BLUEの紫音様より頂きました!!!
銀土はメインジャンルじゃないのにもかかわらず書いてくれて、ありがとう!!!
しかも、前に私が描いた銀さんの髪に花火の色が〜って絵を元に書いてくれて、すっごい嬉しい!!!
どうもありがとう!!!